放課後、ただ一人部活終了時間を過ぎてもサンドバックを殴り付ける音がボクシング部室内に響き渡る。 
ひたすら殴り付ける青年の顔つきには苦々しいものが漂い、端から見ればグローブもつけずに殴るからだと誤解されるだろう。 
だが、彼にはその痛みも今の自分には必要な戒めの一種だとする考えでいる。 
最愛の妹に彼氏がいた、それも女たらしのいけすかない男。 
そんな奴が茉麻を弄んでいる、とわかった時に彼は制裁として茉麻の彼氏ことジミーを呼び出し殴り付けた。 
それもありったけの力を込めて――― 
結果、ジミーは記憶喪失になる障害を負い、妹の仲裁がなければもっと悲惨な状態になっていたかもしれない。 
あの日以来、彼は妹・茉麻に避けられ、声をかけても無視を決め込まれるようになっていた… 
妹の為と思い行った事が結果的に自分の首を締めることになり、我ながらどうしていいやら手をこまねいていた。 
その鬱屈とした気分を発散させようとサンドバックと対面し、殴り付けるが今日に限ってはあのジミーではなく自分の顔が思い浮かぶ。 
憎々しい顔だ、こいつが妹を泣かせたんだ―――いつしか憎しみの対象がジミーから自分になっていた。 
「お姉ちゃんがお兄ちゃんを無視するのは仕方ないよ。 
 それでもお姉ちゃんなりにお兄ちゃんに気を使ってるよ。 
 もし、私ならたぶんお兄ちゃんと絶交だから」 
末の妹は淡々とした口振りで、茉麻が不機嫌な理由を話した。 
自分は妹に無視されるまで、頑固にジミーとの交際を邪魔してきた。 
ひょんな事から親友となった矢島、彼はジミーよりも質の悪い女たらしだが友人だからと見逃してきた。 
矢島は言った、ジミーは女たらしかもしれないが茉麻が見込んだ相手なのだから心配するな、と。 
友人はよくて妹の彼氏はダメ、都合がいい考えは百も承知だ。 
俺は妹を可愛がるあまり自分の考えを押し付け過ぎたのかもしれない、ここにきて彼はようやく一歩を踏み出すことにした。 
決めた、明日ジミーを再び呼び出し茉麻と付き合ってくれと土下座しても話そう。 
茉麻の明るさを取り戻すには依然として癪だが、あいつが必要なのだ。 
最後の一発をサンドバックに叩き込み、彼は部室を後にした…