菅谷梨沙子、ちゃん、かわいかったなぁ。あんなに俺を想ってる子を忘れていたのか。 
…だめだ、思い出そうとしても深い靄の中にいるみたいで何も見えてこない。 

きっとまだいっぱいいるはずだ。俺が忘れてしまった人が。 
くそっじれったい、思い出せないだなんて。 
まだ記憶を戻すきっかけを探したかったけどとりあえず今日はもう遅いので帰る事にした… 

「…あ」 

ふと、校門をくぐった辺りで足が止まった。 
「ジミー君…!」 
またこのあだ名、俺を知っている人みたいだ。 
ずいぶん小柄な人だな。俺より学年が下かなと思ったがこの制服は高等部の… 
「もう退院できたんだ、よかった!ねえ…私が誰か分かる?」 

こういう聞き方をしてくるってことは、俺が記憶障害になったのを知ってるんだな。 
…わからない、少し考えてみたがこの人の情報を頭の中から捜し出せなかった。 
「…覚えてない?」 
心配するような、哀しそうな顔をした小柄なこの人 

1 知らないから素直に言う 
2 あれ、この人、たしか…先輩だったか 
3 誰だ?名前くらい名乗れよ 



さっきの時もそうだったから素直にわからないと言おう。 
「…すいません、あなたが誰なのかわかりません」 

…複雑な顔をしている。 
哀しんでいる様にも見えるし、何かため息をついたので諦めた様にも見える。 
「かなりひどくやられたらしいからね、無理もないか」 
その人は俺の体を観察する様に覗き込んでいる。 
やめろ、そんなにじろじろ見ないでくれ。何かいやな感じだ。 
気持ちがざらざらしてくる。いやだ、いやな感じだ。 
「…でも思ったよりはひどくないね。キミはしぶといから」 

…笑うなよ。なんか、いやな感じだ。 
いやだっていっても普通のいやだとは違う。何かこう 
ある種の照れ、みたいな感じのいやだ。よくわからないが普通のとはちょっと違う。 
この人は俺のなんだったんだろう。彼女か? 

1 あなたは俺の彼女だった人でしょうか 
2 無視して帰る 
3 笑うなよ、失礼なチビだな 



さっぱりわからないので率直に聞いてみることにした。 
「あなたは、俺の彼女だった人でしょうか?」 

…また表情が変わったぞ。 
さっきとは違ってちょっとだけ嬉しそうな、でもそれほど嬉しそうでもない一言では表せない難しい表情だった。 
「……………」 

やばい、もしかしたら直球で聞いてしまったのはまずかったか。 
この嫌な空気…重い、こういう雰囲気はとても苦手なんだ。 
もう少し何か思い出せればいいんだがまったく思い出せない。 
ちぃとは違ってこの人とは恋人じゃなかったのか? 

1 そうだ名前を聞けば思い出せるにちがいない 
2 自力で思い出してみる 
3 …あ、犬がいる 



おや、この人の足元に小さな犬が。 
「クゥ〜ン」 
「ひっ!こ、こないで!」 
なんで怖がるんだろう、こんなかわいい犬なのになぁ。 
犬、か。ちょっと前までいたな、一人っ子の俺にとって弟みたいな奴だった。 
「こないで、いや、こないで」 
「クゥン…」 
そんなに拒まなくてもいいのに。動物がキライなのか?冷たい人なんだな。 
俺の知り合いにそんな人がいたとはちょっとショックだぜ。苦手なのは仕方ないけど… 
「…忘れたんだ」 
「はい?」 
「私が前に犬に追い掛けられてた時、助けてくれたじゃない」 
「は?」 

いきなり何を言いだすんだこの人。俺、そんな事したのか? 
「覚えてないんだね」 
「はい、全然」 

また哀しそうな顔をしてる。さすがに今のはひどかったか。 

1 ごめんなさいと謝る 
2 詳しく聞いてみるか 
3 犬を抱えて近付けてみるか、なんかちょっかい出したくなる人だ 



こんなにかわいい犬をキライなのか。それはいけないと思う。 
だからこうしてやる、ほれ 

「きゃあああああっ!!」 
面白い反応する人だ。もっとバカにしてやりたくなる。 
…あれ?なんだかこういう感情、初めての気がしないぞ。 
「近付けるのをやめなさい!こら、ジミー君!」 
「いいですねぇそういう反応。ほら、ほら」 
おいおい顔から湯気出てるぞ。マンガから出てきたみたいな人だな。 
「いい加減にしないと怒るわよ…!」 
こんなにかわいらしい犬を嫌うあなたがいけない。 
こいつは弟なんだ、きっと生まれ変わって俺に会いにきたに違いないんだ。 
ほら、かわいいでしょ?ホントは犬が好きなんじゃないんですか…? 

「いい加減にしなさい!!」 

……痛ぇ、叩かれた… 
乾いた音がして左頬に鈍い痛みが残る。 
「…記憶をなくしてもキミは変わらないんだね。まったく」 

えっ、俺って以前もこんなだったのか? 

1 さっきから失礼だなこのチビ… 
2 言い返したくなってきたぞ 
3 何か思いだせそうだ。次は右の頬を叩いてください 



「次は右の頬ををお願いします。何か思いだせそうなんです」 
「え…い、いや、それはちょっと」 
「今はためらいなくひっぱたいたじゃないですか、その調子で右も早く」 
「お願いされてたたくのは好きじゃないから…」 
もう!じれったいな。記憶が戻るかもしれないんだぞ。 
「早くしろよ!!」 
「何よその口のきき方は!」 

んがっ!! 

「あ…………」 
「だ、大丈夫…?」 
ひっぱたいたくせに心配するとかひどい人だ。 
「………だめです。何も出てこない」 
「そ、そうなの」 

おかしいな。こんなに刺激されたら何か出てくるはず。 
何より自ら思い出そうとしてるのが怪しい。知らない人ならこんなに俺は向きにならない 
深い記憶の中の俺が自分に呼び掛けてるのか? 

……情けない、名前すら思い出せないとは。 
いや、やっぱりこの人は俺と関係ない人なのか…? 

「思い出せないんだ」 
「…すいません」 

…笑ってるぞ。でも、可笑しくて笑ってるわけじゃなさそうだ。 
「やっぱり、ね。キミにとって私は¨女の子¨じゃないから」 
「……?!」 
「覚えてないと思うけどキミはひどい浮気性で何人も彼女がいるんだよ」 
いや、わかります。薄々気付いてというか思い出して… 
「私は¨彼女¨じゃないもんね。ふふ…」 
その笑顔がなんだか痛々しい。見ているのがつらい。 
「はっきり言われたし。私はキミの¨お姉ちゃん¨だって」 
よくわからないが、さっきの感情のざらつきはまさか… 
お姉ちゃんに反抗する弟の感情みたいなやつなのか…? 
「でも、それで良かったのかも。お姉ちゃんだから彼女候補の中で特別な存在でいられたのかもしれない」 

…確かに彼女とお姉ちゃんはちょっとちがうよな。 
「思い出せないならもう私はキミのお姉ちゃんじゃないんだよね。ただの先輩」 

…遠くに行ってしまう、そう思った。 

1 待って、俺には姉ちゃんが必要なんだよ 
2 い、今から彼女に…したい!してやる! 
3 おい犬、力を貸せ。この人を襲って俺が助けて信頼させるんだ 



踵を返して去っていこうとするその背中がとても切なくて、思わず声をあげてしまった。 

「待ってくれ!!俺には姉ちゃんが必要なんだよ!!」 

立ち止まったけど、振り返ってはくれない。 
冷たいよそんなの。ねえこっち向いてよ、俺を…見捨てないでくれよ 
なあどうして背中を向けたままなんだよ、どうしてこっちを見てくれないんだよ…! 

−キミはまだまだ手のかかる弟なんだね 

頭の中に声がした。 
わかってるよ、だから姉ちゃんの前では頼りになるように頑張るって決めたんだ。 

「佐紀姉ちゃんっ!!」 

声が枯れるかと思ったくらい喉から張り上げた。 

「…やっと思い出したね」 
くる、と振り向き、またこっちに歩み寄って、背伸びして頭を撫でてくれた。 
「えらいでしょ。ほめてくれないか」 
「普通は忘れないよ、お姉ちゃんの名前は」 

なかなか思い出せなかったのは、もしかしたら思い出したくなかったからかもしれない。 
だって清水先輩の前じゃ情けない姿しか見せてなかったから… 

「まだ浮気性は治ってないの?キミは」 
「おそらく。かわいい娘を見ると話し掛けたくなります」 
「は〜…キミは浮気性が治るより、また殴られても平気な様に空手を習って強くなる方が先かもね…」 
「さすが姉ちゃん、俺をよく知ってるね。いいアドバイスだよ」 
「バカ」 

また頭を小突かれたよ。姉ちゃんてば痛いなぁ。 
「よし、今日は変なことしないように捕まえる!」 
ぎゅっ、と俺の手を握る佐紀姉ちゃん。 
「はなせよ、はなせってば」 
「だ〜め」 

俺より小さな手なのに、なんだか安心するよ。 

…姉ちゃん… 
もう少し甘えててもいい? 
もう少しだけ、手のかかる弟でいても…